あらすじ

「殿下の隣席は、もうお譲りいたします」 公爵令嬢イルゼは、扇を閉じてそう告げた。 礼をして、広間を出た。 十年、王太子の婚約者として、王宮の夜会を整え続けてきた。 名前で呼ばれることは、いつしか少なくなった。 代わりに、ご婚約者様、とだけ呼ばれていた。 婚約者の隣席は、毎回、乳姉妹に譲らされた。 殿下は「君なら分かってくれる」と繰り返した。 怒っているのではなかった。 疲れていただけだった。 ある朝、殿下は初めて「君のための席だ」と告げた。 その夜の広間で、その席には、また別の女性が座っていた。 イルゼは扉の外へ出た。 振り返らなかった。 回廊で、一人の文官が静かに立っていた。 その方は、十年前から、彼女の仕事を見ていた。 書類には残らない、見ていた人たちの記録があった。 譲り続けた隣席を、社交界の皆さまは、何と思って眺めていたのか。 名簿から、ある名前が消えるとき、流れは動くのか。 彼女の十年を、本当に知っていたのは、誰だったのか。

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小説を読もう2026/05/19
  • 現在の作品空いた隣席を、社交界の皆さまは静かに見ていらっしゃいました