あらすじ
明治の終わり。
帝国大学を出た学士でありながら、職にも家庭にも落ち着けず、本郷坂下の姉夫婦の家へ出たり戻ったりを繰り返す男がいた。
久世省吾。足に古い傷を抱え、杖をつきながら、いつも不機嫌な高等遊民である。
頭は切れる。
人の嘘も、虚栄も、善意の顔をした支配も、ひと目で見抜く。
だが、その鋭さは他人を救うより先に傷つける。
とりわけ、自分へ差し出されたいたわりや同情には、耐えられない。
だから彼は、誰かと近づきかけるたび、自らその距離を壊してしまう。
場の建前を剥ぎ、誰も口にしなかった本音を暴き、何かを少しだけ動かす。
けれど彼自身は、どこにも留まれない。
帰るべき家があるからこそ、そこへ収まりきれぬ自分が、いっそうあからさまになるからだ。
この物語は、帰る場所を持ちながら、なお落ち着けなかった一人の学士の物語。
※本作は過去に別名義で他サイトへ掲載していた作品を、改稿して再投稿しています。