あらすじ
没落貴族令嬢アンネロッテ・フォン・メランは、町の中央に架かる聖マルタ橋が、かつて自分の家によって築かれたものだと信じていた。
だが町の記録では、その橋は「市民の篤志によって築かれた公共の橋」とされ、今では市参事会が通行税を管理している。
アンネロッテに残されたものは、古びた屋敷と、祖母の言葉と、橋の欄干にかすかに残るメラン家の紋章だけだった。
彼女が頼ったのは、聖マルタ橋のたもとで代書屋をしている男、エルマー・クラウゼ。
元市法院書記官補でありながら、性格の悪さと口の悪さで職を追われた、落ちぶれた文書屋である。
「誇りは証拠にならない。裁判所の机に置けば、紙より軽い」
そう切り捨てたエルマーだったが、欄干の紋章、切り取られた寄進帳、不自然な通行税台帳、そして偽造疑惑のある確認文書を前に、少しずつ町の美談の裏側へ踏み込んでいく。
橋は本当に、市民の善意で築かれたのか。
メラン家の名は、なぜ記録から消されたのか。
そして、百年続いた嘘を暴くことは、今その橋で暮らす人々を傷つけることになるのか。
これは、性格最悪の代書屋と、名を奪われた没落令嬢が、橋一本に刻まれた百年の嘘を暴く物語。