あらすじ
【あらすじ】
中堅の配合飼料メーカーで配合設計を担う土山稔(つちやま みのる)、三十五歳。家畜の餌のレシピを、栄養条件を満たしつつ最安に組むためのLP計算と「シャドープライス分析」が彼の本業である。地味で誰にも理解されず、医者の義兄からは陰で見下され、職人気質の父からは「お前はいつも数字を並べているだけだ」と侮られてきた。ある夜、原料サイロの非常事態対応に駆り出された稔は、トウモロコシの雪崩に飲み込まれる。次に目を覚ますと、痩せ細った牛と羊が点在する見知らぬ草原に倒れていた。
そこは王家と教会と商工ギルドが家畜を巡って牽制し合う、中世風の王国「ガルム=ファルダ」。だがこの世界では十数年前から原因不明の「家畜痩せ病」が広がり、農村は次々と崩壊し、王都にすら肉と乳が消えかかっていた。さらにこの国の魔法は「シャドープライス」と呼ばれる影の代償を支払って発動する仕組みを持ち、強力な魔法ほど術者の寿命や記憶や近親者の運命を削っていく――。
稔は最初、与えられた粗悪な穀物と乾草を見て笑いそうになる。粗繊維過多、可消化エネルギー不足、必須アミノ酸の偏り。彼が新人時代に直していたような「初歩の配合ミス」を、この世界の人間は何百年も気づかず続けてきたのだ。村娘の聖獣使いリーゼルと出会った稔は、自作の配合表を渡し、家畜を一頭、また一頭と救っていく。やがてその噂は領主へ、辺境伯へ、王宮へと届く。だが、王都で稔を待っていたのは、見覚えのある冷たい眼差し――義兄に瓜二つの「黒衣の枢機卿シャドルム」だった。
教会は、家畜痩せ病を「神罰」と位置づけ、影の魔法と引き換えに信徒の祈りを吸い上げる構造で権力を維持してきた。飼料を設計し直すというたった一つの行為が、教会の根を断つことを稔は知らずに進んでいく。仲間が裏切られ、自分の配合手帳が焼かれ、リーゼルがシャドープライスの代償として記憶を失い、稔は完全なる敗北の只中に投げ出される。
闇夜の中で稔は気づく。シャドープライスは「制約条件を一単位緩めたとき、目的関数がいくら改善するか」を示す影の値段である。ならば、魔王と教会が世界に課している影の方程式にも、解ける制約と解けない制約があるはずだ。彼が会社で何百回も埋めてきた、たった一冊の地味な配合手帳の余白の計算式が、世界の崩壊を逆算する唯一の鍵だった――。