あらすじ
王冠は重かった。
黄金でできているからではない。
誇りと欲望と、
誰にも言えない恐れが染み込んでいたからだ。
若き王マナセは、
父の残した光から逃げるように闇へ向かった。
祭壇を築き、
偶像を立て、
人々の歓声を力だと思った。
だが歓声は風だった。
吹けば消える。
残ったのは沈黙だけだった。
夜になるたび、
処刑された者たちの足音が聞こえた。
見ないふりをした。
聞こえないふりをした。
王だから。
強くなければならないから。
そう思っていた。
だが鉄の鎖は、
そんな虚勢を簡単に砕いた。
牢獄の石床は冷たかった。
王宮の香油の香りはない。
豪華な食卓もない。
あるのは湿った土の匂い。
滴る水音。
暗闇。
そして自分自身だけだった。
逃げ場はなかった。
初めて知った。
自分が恐れていたのは敵ではない。
自分の罪だった。
失った命は戻らない。
流した血は消えない。
若さも。
王座も。
過去も。
何ひとつ戻らない。
だからこそ彼は祈った。
遅すぎる祈りだった。
愚かな祈りだった。
それでも祈った。
誰に聞かれなくても。
誰に笑われても。
「エホバよ」
長い沈黙のあとにこぼれたその名は、
涙の味がした。
赦しとは忘れることではない。
傷が消えることでもない。
罪がなかったことになることでもない。
赦しとは、
壊したものを知りながら、
それでも歩き続けること。
失ったものを抱えながら、
それでも顔を上げること。
鉄の鎖の先で、
王は初めて空を見上げた。
そこには若い日のような栄光はなかった。
ただ青空があった。
誰の上にも同じように広がる空。
罪人の上にも。
善人の上にも。
涙を流す者の上にも。
マナセは知った。
神は高い玉座の上ではなく、
砕かれた心の中におられることを。
だから彼は歩く。
後悔とともに。
希望とともに。
夕暮れのエルサレムを。
そして最後の祈りを捧げる。
「私は善き王ではありませんでした。
けれど、
あなたは善き神でした」
沈む夕日の向こうで、
赦しの光は静かに燃え続けていた。