あらすじ

何もない。 南雲耕一はどこか空虚だった。 演奏家になるほど努力もしていない。 かといって別の道も見つからない。 ただ時間だけが過ぎていく。 そんな大学四年の春。 恩師の紹介で、プロオーケストラ《都邑交響楽団》のライブラリアン補助として働くことになる。 そこで出会ったのが、愛乃音だった。 演奏者ではない。 指揮者でもない。 楽譜を管理し、音楽を裏側から支えるライブラリアン。 静かな声で話し、滅多に感情を表へ出さない彼女は、それでも誰よりも真摯に音楽へ向き合っていた。 「なんでそこまでするんですか」 耕一はそう思っていた。 しかし愛乃音は違った。 楽譜には人の歴史が残るという。 演奏家たちの工夫。 失敗と成功。 受け継がれてきた知恵。 鉛筆で残された一本の線の中に、何十年もの時間が息づいているのだと。 ヴィオラ奏者として音楽を司る衣緒菜。 現場を支えるステージマネージャーの松平。 楽団運営を担うインスペクターの墨絵。 耕一と共に音楽の世界に巣立っていく律、蓮司。 現場目線で、与えられた環境で最善を尽くすライブラリアンの壇。 音楽に人生を捧げてきた人。 そして、音楽から離れられなかった人。 彼らと関わりながら、耕一は少しずつ変わっていく。 音楽とは何か。 演奏することだけが音楽なのか。 自分は何のために音楽を続けてきたのか。 答えの出ない問いを抱えながら。 やがて都邑は大きな転機を迎える。 失われるもの。 守りたいもの。 変わっていくもの。 それでも前へ進まなければならない現実。 その渦中で耕一は、自分自身の足で立つことを選ぶ。 誰かに導かれるのではなく。 誰かの背中を追うのでもなく。 自らの意思で。 これは、一人の青年が音楽を取り戻していく物語である。 そして同時に、ひとつのオーケストラが受け継いできた時間と、人々の想いを巡る物語でもある。 音を出さない愛乃音と共に、 耕一は、楽譜の海を渡っていく。

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カクヨム
カクヨム2026/06/07
  • 現在の作品音を出さない愛乃音さんは僕と楽譜の海を渡る