あらすじ
「その男は、現場の誰も見ていなかった。カメラだけが、彼を記録していた」
ネットメディアでデマやフェイク映像のファクトチェックを専門に行う記者・三宅。
ある日彼は、1990年代のイギリスで起きた洪水ニュースの古いアーカイブ映像の中に、奇妙な「ノイズ」を発見する。
激しい濁流が渦巻くガードレールの向こう側。
現場の誰もが避難を急ぐ中、スーツ姿の男が一人、微動だにせず直立していた。
最新の解析ソフトを駆使しても合成の痕跡はゼロ。ただの不審者かと思われたが、男の顔を限界まで拡大したとき、三宅は背筋が凍るような違和感に気づく。
男は激しい雨の中で一度も瞬きをせず、その視線は現場のリポーターではなく、撮影している「カメラのレンズ」を正確に見つめ、不自然に微笑んでいた。
当時の関係者への取材を進める三宅だったが、彼らの口から返ってきたのは一様に「現場にそんな男はいなかった」という奇妙な証言だった。
やがて、世界中の映像コレクターから三宅の元に、さらなる「検証依頼」が届き始める。
2000年代、フィリピンの震災映像。
1980年代、アメリカのホームビデオ。
2010年代、日本の防犯カメラ。
時代も、国境も、撮影機材も全く異なるはずの記録映像の中に、その男は「同じ姿」で映り込んでいた。現場の人間には誰一人として認識されないまま、ただ、機械のレンズだけをじっと見つめて。