あらすじ
三枝悠真、二十八歳。
地方都市の市役所で働く彼にとって、唯一まともに息ができる場所は、謎解きイベントの会場だった。
そこには、制限時間がある。
ルールがある。
ヒントがある。
仲間がいる。
そして最後には、必ず「成功」か「失敗」が示される。
会場の中でだけ、悠真は迷わずにいられた。
暗号を解き、チームに貢献し、誰かに「すごい」と言われる。
その瞬間だけは、自分がどこかに向かっている人間のように思えた。
けれど、家に帰れば、洗濯物は積まれたまま。
郵便物は開けられない。
母からの電話には出られない。
友人の結婚式にも、生活にも、将来にも、うまく向き合えない。
そんなある日、悠真は謎解き会場で篠原という女性と出会う。
彼女もまた、会場の中でだけ「ちゃんとした人」でいられる人だった。
互いに名前だけを知り、連絡先は交換しない。
謎解きの会場でだけ出会い、同じ問題を解き、成功すれば喜び、終わればそれぞれの現実へ帰っていく。
その距離感の中で、悠真は篠原に惹かれていく。
だが、彼女は言う。
「ここで会う人とは、現実で会いたくないんです」
「ここだけで、ちゃんとした人でいたいから」
やがて悠真は気づきはじめる。
自分は篠原を救いたいのか。
それとも、篠原を通して、自分自身を救いたいだけなのか。
謎は解ける。
でも、生活は解けない。
他人も、人生も、自分自身も、最終回答を提出すれば終わるものではない。
これは、答えのある場所へ逃げ続けた青年が、答えの出ない生活を、答えの出ないまま少しずつ引き受けていく物語。