あらすじ
四十歳のオタク会社員、竜咲空は、ある日目を覚ますと異世界の山奥で巨大なドラゴンになっていた。
体高十メートル、全長三十五メートル。
くしゃみで岩を吹き飛ばし、声だけで地面を震わせる規格外の身体。
けれど中身は、異世界転生ものとネットゲームが好きな、明るく楽天的なおっさんである。
山奥で孤高の竜生活……など三分で無理だった。
人の気配が恋しくなった空は、遠くに見えた子爵領首都レグナの城壁横へふらりと飛んでいく。
だが、街からすれば突然の大型竜種襲来。
鐘は鳴り、兵士は泣き、魔術師は自信を失い、見張り台の屋根はうっかり壊れる。
「いや、俺、街を襲いに来たんじゃなくて、近くに住みたいだけなんだけど!?」
対話できる知性あるドラゴンとして、空はひとまず討伐を免れる。
しかし、そこから始まったのは英雄譚ではなく、火気厳禁、寝返り申請、鼻息の向き指定、無断商業利用禁止という、想像以上に細かい異世界ご近所生活だった。
行政補佐リシェルに監視され、子爵には王侯級の存在として丁重に恐れられ、パン屋のグレタには灰味パンの弁償を求められ、商人ミランには商品化を狙われ、鍛冶屋ゴルドには鱗を狙われる。
それでも空は、算術を教えて市場のぼったくりを防ぎ、冒険者に立ち回りを助言し、魔術師見習いミナに魔力制御を教え、グレタの新作パン作りにもなぜか関わっていく。
街にとって彼は危険な大型竜種。
けれど、子どもたちにとっては「ドラゴン先生」。
冒険者にとっては妙に分かりやすい戦術指南役。
パン屋にとっては新商品開発の火種。
そして本人にとっては、ようやく見つけたかもしれない居場所。
だが、街の人々はまだ知らない。
城壁横で寝返り申請をしているこの迷惑ドラゴンが、ただの竜ではなく、伝承級の存在「古龍」だということを。
これは、最強の古龍が世界を滅ぼす物語ではない。
街を守るつもりも、支配するつもりもなかったおっさんドラゴンが、住民票もないまま城壁横に居座り、討伐される前に街区評議会へ加入させられるまでの、少し騒がしくて、少し温かい異世界ご近所ファンタジーである。