あらすじ
あらすじ
煤煙とネオンが混濁する夜の帝都。ここには「口寄せ師」と呼ばれる仕事があった。
蓮見はその一人だ。死者の脳に遺された残留思念——ログ——を「写し鏡」と呼ばれる銀の円盤に転送し、汎用義体に憑依させる。許された時間はたったの十五分。法律では扱えない感情の残骸を、彼は夜ごと拾い上げる。
ある夜、事務所を訪れたのは帝都でも指折りの名家、九条家の令嬢・綾乃。彼女の依頼は「母・数子の遺した金庫の暗証番号」を聞き出すことだった。しかし、呼び出された数子の口から漏れたのは——「あの方の信号を止めて」という、うわ言のような懇願。
続いて訪れたのは、若い巡査・佐藤。彼は一年前、無実の浮浪者を誤認逮捕し、獄死させた。罪悪感に苛まれる彼が依頼したのは、その老人の口寄せ。だが、呼び出された老人は微笑みながら告げる。「俺はお前を恨んじゃいない。ただ——俺を捕まえたおかげで、別の罪が闇に葬られた」
さらに、老女・タキが訪れる。彼女が語るのは、帝都療養院という施設の地下で消えた——記録から抹消された——子供たちの存在。
蓮見はそれらの死者を「呼ぶ」。けれど、その全ては「不完全」な供養に過ぎない。信号は止められる。記録は切られる。名前すら呼べない死者もいる。
それでも——彼らは「いた」のだ。
登場人物
蓮見(はすみ)
本作の主人公。「口寄せ師」と呼ばれる仕事を営む。かつては警察官だったが、ある出来事を機に現在の職に身を投じた。首筋の銀のチョーカーの下には接続端子がある。物静かで詩的な語り口を持ち、死者と生者のあいだに立つ。
小春(こはる)
蓮見の助手。帝都電信局が廃棄した旧式の義体を蓮見が改造したもの。無機質な口調と正確な動作が特徴だが、時折「人間よりも人間らしい」反応を見せる。金属の触れ合う「チリ」という音がトレードマーク。
九条綾乃(くじょうあやの)
第一話の依頼人。帝都の名家・九条家の令嬢。厳格な母・数子の遺した金庫の暗証番号を求めて蓮見を訪ねるが、母の秘密を知るうちに自身の覚悟を問われることになる。
佐藤巡査(さとうじゅんさ)
第二話の依頼人。若い巡査。一年前の誤認逮捕によって無実の老人を死なせてしまい、その贖罪として口寄せを依頼する。
徳次(とくじ)
第二話の死者。浮浪者の老人。佐藤に誤認逮捕され、獄中で死んだ——と思われていたが、その裏には別の真実が隠されていた。
タキ
第三話・第四話の依頼人。帝都療養院という施設の元看護師。自らの死を目前に、施設の地下で消えた「名もなき子供たち」の口寄せを蓮見に依頼する。加害者であり、同時に被害者でもある。
録魂室の担当官
第四話に登場。帝都警察庁録魂室の官僚。療養院の調査を進める蓮見の前に立ち、「公益のために封印する」という正論で対峙する。悪ではない。ただ、正しいだけの男。
作品の特徴
サイバー大正という独自の世界観:煤煙とネオン、蒸気飛行船とホログラム、義体と録魂技術——大正浪漫とサイバーパンクが融合した異色の舞台。
「口寄せ」というユニークな設定:死者の残留思念を義体に憑依させ、たった十五分だけ声を借りる。現代のテクノロジーと古来の供養が交差する。
連作短編形式:各話独立しながら、テーマ「不完全な供養」で一貫。第一話から第四話へと、個人の秘密から社会の罪、さらに制度の闇、そして記憶そのものへと拡張していく。
詩的で衒学的でない文体:蓮見の一人称による語りは冷静でありながら、比喩に満ちている。余韻を重視し、「説明しすぎない」美学で貫かれている。