あらすじ
王城が燃えた夜、俺は第一王女だけを救い出した。
だが、救えたのは彼女の命だけだった。
国も、家族も、民も、誇りも、帰る場所も。
王女としてのエリシアの「世界」のすべてを、俺はあの炎の中に置き去りにして、彼女を生かしてしまった。
「お父様も、お母様も、すぐに追いつかれますよね」
混乱の中で、それでも気丈にそう問いかける彼女に、元特務兵の俺は答えられなかった。
目的地は、形だけの婚約者のいる隣国。そこへ行けば希望はあると、彼女は健気に信じようとする。
しかし、旅の途中で届く報せは、どれも残酷なバッドニュースばかりだった。
国王と王妃の処刑。奪還に命を賭けた忠臣たちの玉砕。
そして、帝国軍を王都へ招き入れたのは――彼女の実の兄である、第一王子だった。
「私が生きているから、みんな死んでしまうの?」
次々と届く絶望の報せに、彼女は日々、笑い方を忘れていく。
王女として正しい選択をするたびに、内側からボロボロに壊れていく。
特務兵として数多くの人間を壊し、その醜い命乞いだけを見続けてきた俺は、そんな彼女から目を離せなくなった。
死にたいと泣きながら、それでも誰かのために「死ぬわけにはいかない」と自分を奮い立たせる。
その理解不能な、異常なまでの気高さに、俺の心は決定的に囚われてしまった。
これは忠義ではない。憐れみでもない。愛などという綺麗なものですらない。
ただ、見届けたいと思った。この人が、絶望の先で何を選ぶのかを。
俺は優しい言葉を知らない。
だから俺は、毒を見抜き、泥水を煮沸し、追手を撒き、彼女の眠れる場所を作る。
殺すために育てられた技術のすべてを、彼女を「ただの人間」として生かすために。
「明日の朝まで、王女は禁止です。命令です」
世界が彼女を王女として消費し、すり潰そうとするならば。
俺は、彼女がただの少女に戻れる、小さな焚き火を守り続ける。
これは、王国を取り戻す英雄譚ではない。
すべてを失った無力な王女が、それでも民の前に立つまでの逃避行。
そして人間の醜さを見すぎた男が、ひとつの気高さを見届ける物語。