あらすじ
明治二十三年。新時代へと突き進む東京。神田の裏通りにある古道具屋の二階では、月に二度、若者たちが集い「ファウスト」を読み解いていた。
原書の講読を担当する医学生の浅川恒一は、ある日、読書会に現れた帝大教授の令嬢、桜井美緒に一目で心を奪われる。しかし、生真面目で理屈っぽい恒一が彼女に返せた言葉は、ただ一言「は、はい」だけだった。
文学に深い教養を持ちながらも、女性ゆえに言葉を制限されて生きてきた美緒。そんな彼女のもとに届いたのは、途中からドイツ語で綴られた恒一からの不器用な手紙だった。
コレラが流行する激動の時代、二人の距離は、夏祭りの花火、雨の日の傘、そして病床での「眼鏡を外した素顔」を通じて、ゆっくりと、しかし確実に近づいていく。
これは、自分の言葉を持とうとする自立した女性と、沈黙の向こう側を記述しようとする青年の、極めて知的で、最高にもどかしい明治浪漫恋愛物語。