あらすじ
夏の終わり、盆地の湿った空気の中で、ひとりの男は静かに日常を生きていた。
流されるように選んだ仕事、ただ時間を埋めるだけの生活。その延長にあったはずの人生は、ある出会いを境に、少しずつ形を失っていく。
彼が出会ったのは、現実からわずかに浮いたような女だった。
救いにも似た存在に見えながら、それは救いではなく、もっと深く静かな歪みの始まりだった。
やがて男はその女と生活を共にすることになる。
それは安定ではなく、むしろ“何かが定まってしまうこと”そのものだった。
そして、その日常は一度きりでは終わらない。
彼の中には、満たされることのない空白のようなものが残り続け、それが形を変えながら、何度も同じ場所へと彼を引き戻していく。
ひとつの生活が崩れ、また別の生活が始まる。
誰かがそこにいた痕跡だけが積み重なり、取り返しのつかない静けさだけが増えていく。
それが幸福なのか破綻なのか、もう誰にも判断できない。
ただ、繰り返されてしまうという事実だけが、淡々とそこに残る。
男は今でも、そのすべてを“自分ではない何か”のように思い出している。
けれど確かに、それはすべて自分の手で始まってしまったことだった。