あらすじ
「魔力も品も技量も、何一つ相応しいものがない」
春の夜会で婚姻のハンカチの出来を嘲られ、王太子殿下に婚約破棄を告げられた。
公爵令嬢エラ・フォン・クラリスは、静かに一礼して会場を出た。
この国では、花嫁が婚姻の際に縛り糸入りの刺繍ハンカチを手ずから縫い上げて贈る慣習がある。
魔力を込めた縛り糸の質が花嫁の格を示す——長く続く文化だ。
魔力がゼロのエラには、何十枚縫い直しても満足な出来にならなかった。
それでも、縛り糸を使う気にはなれなかった。
王都を離れ、旅をしながら刺繍師として生きることにした。
縛り糸なし。ただ温もりを包む刺繍だけを。
そんな旅の途中で出会ったのが、「感情なき残忍王子」と恐れられる第二王子クロード殿下だった。
縛り糸のない刺繍に、殿下は初めて怖さを感じなかった。
無口で無表情——ただそれだけの、誰にも誤解され続けた王子。
縛らない刺繍が、少しずつ噂をほどいていく。