あらすじ
母を亡くした高校三年生の七海は、十年以上ほとんど会っていない父・誠司のもとへ一通の手紙を届けることになる。
誠司は、かつて仕事に逃げ、家庭からも娘からも背を向けた男だった。七海にとって父は「夕焼けを一緒に見た記憶すらない人」。母が亡くなったあとも、悲しみ方さえ分からず、父を憎むことで自分を支えていた。
しかし母の遺品から出てきた古い封筒には、父が毎年、七海の誕生日に書いていた未投函の手紙が束になって残されていた。そこには、言い訳ではなく、会えなかった時間への後悔と、遠くから娘を見守っていた不器用な愛情が綴られていた。
七海は手紙を返すため、父が働く海沿いの小さな修理工場を訪ねる。再会した父は、記憶の中の冷たい男ではなく、年老い、背中を丸め、言葉を選べないまま生きている孤独な人だった。
怒りをぶつける七海。受け止めることしかできない誠司。二人は一日だけ、母が好きだった海辺の町を歩くことになる。夕方、母が最後に見たがっていた丘の上で、七海は父が「夕焼けを知らない」理由を知る。
父は夕焼けを見るたび、家族を壊した日を思い出していた。だから見ないふりをして生きてきたのだ。
沈む夕日の前で、七海は初めて父に問う。
「お父さんは、私のこと、いらなかったの?」
誠司は泣きながら答える。
「いらなかった日なんて、一日もなかった。ただ、父親でいる勇気がなかった」
許すことは簡単ではない。失った時間は戻らない。それでも七海は、父を憎むだけでは母の願いに届かないことに気づく。
これは、夕焼けを知らない父と、父を知らない娘が、一日の終わりにようやく親子になり直す物語。