あらすじ
時は、日輪のごとき覇者が現れ、長き戦乱の世が終わりへと向かい始めた頃。
武将たちは領土を奪い合い、城を築き、天下の行く末を競っていた。
だが、その歴史の裏側には、もうひとつの戦があった。
人肉を喰らう山の鬼。
飢饉に乗じて現れる餓鬼。
幾万の戦死者が成り果てた怨霊。
人の世の理から外れた魑魅魍魎が、なお大地を徘徊していたのである。
極寒の北辺を治める東雲家。
その領内で怪異を討ち、災いを鎮める役目を担うのが、「北守山祓(ほくしゅさんふつ)」と呼ばれる退魔役だった。
冬瀬白凪(ふゆせしろな)。齢十八。
白き外套をまとい、山刀と短弓を携え、ただ独り雪深い山野を巡る娘である。
彼女が異形に対抗するために用いるのは、『神降ろし』。
己が身に神を降ろし、その力を借り受ける秘術だった。
しかし、その力にはあまりにも重い代償がある。
神を降ろすたび、体温は失われる。
情は凍りつき、眠りは遠ざかる。
そして少しずつ、人としての在り方そのものが削り取られていく。
それは終わりなき冬に侵され、人ならざるものへ変わっていく呪いでもあった。
一方で、天下を争う武将たちは妖への脅威を軽んじ、北辺の異変を後回しにし続けていた。
やがて都から訪れた陰陽師たちによって、東北の地が国内最大の封印地であることが明かされる。
それは古き災厄を閉じ込めるための要であり、同時に中央の繁栄を支えるためなら、いつでも切り捨てられる贄の地でもあった。
戦乱が激しさを増すにつれ、封印は綻び始める。
見捨てられた故郷。
苦しみながらも生きようとする人々。
その姿を前に、失われかけていた白凪の胸に、ひとつの感情が灯った。
怒りだった。
天下のためではない。朝廷のためでもない。
ただ、この北辺に生きる人々を無事に次の春へ送り届けるために。
これは、正史には一文字も記されなかった物語。
戦乱の陰で故郷を守り続けた、ひとりの娘の戦いの記録である。
そして、人であることを失いながらなお、人を守ろうとした――
“冬”になってゆく少女の、美しくも哀しい伝承である。