あらすじ
1992年、東京・江古田。
大学受験に失敗した元優等生の黒瀬竜也は、不本意ながら電子系専門学校へ通い始める。
授業にも、将来にも、仲間にも、何ひとつ熱を持てない日々。
そんなある日、同級生に連れられて入った半地下のゲームセンターで、黒瀬は一台の対戦格闘ゲームと出会う。
煙草の匂い。
電子音。
五十円玉。
六つのボタン。
レバーの硬さ。
画面の向こうに座る、名前も知らない敵。
止まっていた青春は、そこで再び動き始めた。
これは、人生の本線から外れたと思っていた若者たちが、ゲームセンターの対戦台で、自分たちだけの戦場を見つけていく物語である。
作品紹介文 長め
大学受験に失敗した黒瀬竜也は、自分の人生が一度終わったような気分で春を迎えていた。
かつては勉強もスポーツもそれなりにこなし、自分にはもっと大きな未来があると信じていた。
だが、その未来は受験番号の掲示板の前であっけなく消えた。
進学先は、東京・江古田にある電子系専門学校。
古い校舎、白い蛍光灯、遅いエレベーター、やる気のない授業。
黒瀬にとってそこは、希望の場所ではなかった。
ただ、二年間をやり過ごすための場所だった。
しかし、同級生の神谷亮に誘われて入った半地下のゲームセンターで、黒瀬の時間は動き出す。
そこには、ストリートファイターⅡがあった。
五十円玉を入れ、ケンを選び、意味もわからないままレバーを動かす。
画面の中で放たれた昇龍拳は、黒瀬の中で眠っていた何かを叩き起こした。
学校には、妙な仲間たちがいた。
遅刻のたびに「電車が遅れて」と言う、謝罪の達人・須堂晴彦。
江古田のゲーセン事情に詳しい、軽い案内人・神谷亮。
巨大な鞄にネオジオと夢を詰め込む、大河内剛。
いつも何かを食べて場を壊す、丸山大吾。
普段は冴えないが、不意に手品の才能を見せる、余田満。
三軒茶屋から車で現れる突撃隊長・仲村豪。
北関東から通い、なぜか心だけはアメリカにいる沼田浩二。
高円寺仕込みの悪知恵で場を回す香坂透。
そして、学芸大学の住宅街に自分だけの王国を持つ、灰田京介。
彼らは立派ではない。
将来も見えていない。
授業よりゲーセン、課題より対戦台、進路より今日の一勝。
それでも、あの半地下で過ごした時間だけは本物だった。
五十円玉がなくなるまで戦い、安いそばをすすり、帰りの電車で眠る。
勝てば世界を取ったような気になり、負ければ次の日もまた来る理由ができた。
やがて彼らは、灰田邸事件、学校行事、旅行、卒業式へと向かっていく。
笑いながら、ふざけながら、何かが少しずつ終わっていくことにも気づかないまま。
これは、1990年代初頭の東京の片隅で、人生の本線から外れた若者たちが、五十円玉と六つのボタンに青春を賭けた物語である。
注意書き案
本作は1990年代初頭のゲームセンター文化を背景にした私小説的フィクションです。
登場人物、学校名、店舗名、事件名、人物関係、住所、導線などは創作上の再構成を行っており、実在の人物・団体・学校・店舗とは関係ありません。
作中に登場する実在ゲーム名・関連用語は、当時の時代背景および文化描写のために使用しています。各権利者との公式な関係、協力、公認を示すものではありません。