あらすじ
閉鎖されたはずの植物園に導かれるように足を踏み入れたユウは、温室でひとりの少女、鈴華と出会う。白いワンピースに土の染みた指先。彼女は静かに言う。
「死んでるの。それも、ずっと昔にね」。
鈴華は、咲かぬまま枯れた花の記憶でできていた。誰にも見られず、名前も呼ばれず、咲けなかった想いが、彼女の身体を形づくっているという。温室に並ぶ鉢植えは、すべて“咲けなかった花”たち。鈴華はその声を語り継ぐ「花守」だった。
「この庭に花が咲いたら、私は消えるかもしれない」
そう語る鈴華に、「僕」は水を注ぎ、記憶を聞き、ノートに綴り始める。
母を亡くした少年、夫を想い続けた老婦人――咲かなかった花々の記憶が、少しずつ芽吹いていく。
やがて庭には風が通い、訪れる人々が花に語りかけるようになる。鈴華の姿は次第に薄れていくが、僕は気づいていた。それは消滅ではなく、記憶が誰かの心に咲いた証だった。
ある日、僕は図書館で古い新聞記事を見つける。
昭和六十二年、植物園の温室で亡くなった少女――名前は鈴華。
彼女は卒業式の前日、最後の花を植えに来て、そのまま帰らなかった。
「僕が愛したあなたは、すでに亡くなっていた。」
鈴華が語らなかった最後の花が咲いた朝、彼女は姿を消した。それでも、庭には風が吹き、花が咲き続ける。
「僕」は庭の守人となり、誰にも語らず、ただ花の記憶を綴り続ける。
空っぽだった「僕」に水を注いでくれた鈴華。
君のもとへいきたい――けれど、ここに君の生きた証があるから。
いつか、君と思い出話に花を咲かせるために。僕は今日も、花に水を注ぐ。