あらすじ
嘘をなくすために、社会は記録を始めた。
詐欺、虐待、契約不履行、ハラスメント、なりすまし、言った言わないの争い。
かつては、証拠を残せない人間ほど、簡単に負けた。
だから人々は、AIによる信用照合を受け入れた。
発言を。
契約を。
支払いを。
通報を。
謝罪を。
沈黙を。
最初は、弱い人間を守るための仕組みだった。
しかし、記録が増えるほど、次の問題が生まれた。
何を、正しいとするのか。
嘘をつかないことか。
約束を守ることか。
家族を守ることか。
弱い立場を利用しないことか。
相手の安心を軽視しないことか。
社会が一つの正義を決めれば、必ず誰かがこぼれる。
そこで生まれたのが、信用宣言だった。
十八歳になると、人は自分が大切にする善を選ぶ。
嘘をつかない。
約束を守る。
困った時に逃げない。
相手の安心を軽視しない。
信用宣言照合基盤《クレド》は、人間の善悪を判定するものではない。
本人が選んだ信用宣言と、その後の行動記録がどれだけ一致しているかを照合するだけだ。
自由で、公平で、上品な仕組みだった。
しかし人間は、善人になったのではない。
選んだ善に、適応しただけだった。
嘘をつかない人間は、嘘をつかずに欺く。
安心を重視する人間は、安心させようとして逃げ道を塞ぐ。
逃げない人間は、壊れるまで向き合う。
信用宣言をひとつも選ばなかった無宣言者・空木透は、クレドが「白」と判定した事件を調べる第七信用監査部に呼び出される。
提示されたのは、整合率99.999%の特級信用保持者・白瀬依澄が担当した相談記録。
彼女は一度も嘘をついていない。
何も間違えていない。
それでも、相談者は倒れた。
善人だらけの社会で、人は嘘をつかずに壊される。