あらすじ
救命救急医として働いていた私は、ある夜、交通事故に巻き込まれた。
次に目を覚ましたとき、そこは病院ではなかった。
白粉と血の匂いが混ざる、江戸・吉原遊郭。
時代は安政五年。
医療も衛生概念も存在しない、死が日常の世界だった。
「お前さま、医者でありんすか」
そう問われた瞬間、私は理解した。
ここでは、救急車は来ない。
輸血も、抗生剤も、点滴もない。
あるのは、この手だけだ。
私は決めた。
──この時代で“救えない命”を、ひとつでも減らすと。
だが現実は残酷だった。
梅毒、結核、産褥熱。
そして、ひたひたと迫るコレラの流行。
遊女たちは、商品として扱われ、壊れていく。
「命に値段はつけない」
その信念だけを武器に、私はこの地獄へ踏み込んでいく。
そして出会う。
蘭方医・楠本イネ。
彼女は言った。
──「お前さまは、この場所で何を変えるおつもりか」
私はまだ、その答えを知らない。
ただ一つだけ確かなのは、
ここは、医者であることを試される場所だということだった。