あらすじ
現代日本で救命救急医として働いていた神崎理沙(かんざき りさ)は、当直明けの事故によって幕末の江戸へとタイムスリップしてしまう。
身寄りもなく行き倒れていた彼女を救ったのは、江戸城大奥に勤める下級女中だった。
将軍の妻や側室、数千人もの女たちが暮らす男子禁制の世界――大奥。
そこでは病や死がしばしば「呪い」や「物の怪」の仕業として恐れられていた。
ある日、将軍の寵愛を受ける側室が突然倒れる。
御典医たちは邪気や祈祷を口にするが、理沙は患者の異常な顔色と部屋の状況から、一酸化炭素中毒だと見抜く。
しかし身分のない下働きの言葉など誰も信じない。
そこで理沙を助けたのは、大奥で細々と働く老女医・お絹だった。
人望はあるが、最新の蘭方医学には疎く、周囲からは時代遅れと軽んじられている女性である。
「人を救いたいなら、賢く立ち回りなさい」
お絹の助言を受け、理沙は決意する。
自分が表に立てば異端者として排除される。
ならば――お絹を表向きの名医にし、自分は影に徹しよう、と。
以来、大奥で起こる不可解な事件は次々とお絹のもとへ持ち込まれる。
若く健康だった側室の突然死。
原因不明の流産が相次ぐ奥向き。
顔が崩れる奇病。
夜な夜な聞こえる呪いの声。
そして将軍家の後継争いを巡る毒殺疑惑。
理沙は現代医療の知識と救命医としての経験で病の正体を突き止め、お絹は長年培った人脈と洞察力で女たちの心の闇を解き明かしていく。
やがて大奥ではこんな噂が囁かれるようになる。
「お絹先生に診られれば死神も逃げ出す」
だが誰も知らない。
その名医の影に、未来から来た一人の女医がいることを。
これは歴史に残らなかった命の記録。
そして、女たちだけの閉ざされた世界で病と陰謀に立ち向かった二人の医師の物語。