あらすじ
王冠は落ちた。
黄金の床に転がり、
誰も拾わなかった。
喝采は消えた。
昨日まで名を呼んでいた者たちは、
今日には背を向ける。
空腹を知った。
冷たい雨を知った。
一枚の銅貨の重さを知った。
誰かが作ったパンの香りを知った。
誰かが運んだ荷の重さを知った。
誰かが頭を下げて働く理由を知った。
かつて見下した人々は、
虫けらなどではなかった。
泣き、
笑い、
怒り、
愛し、
懸命に生きる人間だった。
失ったものは多い。
王位も。
名誉も。
栄光も。
だが失ったからこそ、
初めて手に入れたものがある。
感謝される喜び。
約束を守る誇り。
数字の意味。
契約の重み。
そして、
自分の足で立つ強さ。
王冠を失った日、
王子は終わった。
けれど――
人間は始まった。
泥にまみれた手で帳簿をめくり、
夕暮れの商店で笑う。
その顔を見て、
誰も元王子とは呼ばない。
商人と呼ぶ。
仲間と呼ぶ。
友と呼ぶ。
それでいい。
いや、
それがいい。
王冠のない王は今日も生きる。
誰かの役に立つために。
昨日の自分を超えるために。
そして静かに知る。
本物の王国とは、
人の上に立つ場所ではない。
自分の人生に責任を持つ場所なのだと。