あらすじ
庭園であるはずなのに、そこには草木ひとつ、装飾ひとつなかった。それでいて、独立したその空間は虚無感とは無縁で、むしろ畏れを帯びた神聖さに満ちている。
地面には円環を描くように広がる一枚の水面。一片のさざ波も立たず、鏡のごとく空を映しきっていた。
そこに——ひとりの少女がいた。
彼女は遠くを見つめている——空か、海か、あるいはここを過ぎゆく鳥か。白のようでもあり、淡い青のようでもある長いスカートが、この空間のなかでまるで天使のように映った。
「……」
なにか魔法にでもかけられたように、俺は抗えず、彼女へと歩み寄っていた。
階段を伝い、鏡の水面へ踏み入る。連れてきた風が、かすかなさざ波をほんのひと筋、広げていった。
気配を感じたのか、少女がゆっくりと振り返る。
俺の目には、その振り返りがスローモーションのように映った。一秒ごとに、胸の鼓動が激しさを増していく。
視線が、交わった。
その一瞬の反応の意味を、俺は知っている——どうしてあなたがここに、という色。けれど、それだけではない感情もまた、そこには滲んでいるようだった。
かすかな驚きを浮かべた表情は、ほんの刹那でまた水のように静まり、彼女は一歩一歩、俺へと歩いてくる。
彼女は、呆然と立ちつくす俺を、しばし無言で見つめていた。
俺はというと、あまりに幻想的なこの光景にすっかり呑まれてしまい、何ひとつ言葉が出てこなかった。
しばしの見つめ合いののち、少女の唇がかすかに開く。
透き通って儚い声が、俺たちのあいだで最初の言葉を届けてきた。