あらすじ
感情管理技術が高度に発達し、人々の感情さえ最適化されるようになった近未来。
大手感情管理企業に勤める九条綾乃は、二十九歳にして専務の座に就く優秀な女性だった。合理性を何より重視し、恋愛や依存を非合理な感情として遠ざけてきた彼女にとって、自らが恋をするなど考えたこともなかった。
そんな綾乃はある日、第三課所属の社員・朝倉悠真と出会う。
誰に対しても自然体で接する悠真は、肩書きや立場にとらわれず綾乃自身を見ていた。最初は戸惑いながらも、綾乃は彼との会話に心地良さを覚えるようになる。
気づけば彼の姿を探し、会話が終わることを惜しみ、名前を呼ばれるだけで心が揺れるようになっていた。
感情を数値化し管理する社会の中で、綾乃だけが説明のつかない感情に振り回され始める。
一方の悠真もまた、完璧に見えながら不器用に生きる綾乃へ惹かれていく。
少しずつ距離を縮めていく二人だったが、綾乃は自らの立場と価値観との間で葛藤する。恋愛を否定してきた自分が恋をしているという事実を、なかなか受け入れられないのだ。
それでも悠真と過ごす時間は、孤独だった綾乃の世界を確実に変えていく。
やがて綾乃は、自分が初めて恋をしていることを認める。そして感情を排除することで成り立っていた人生から一歩踏み出し、自らの心と向き合う決意をする。
これは、恋を知らなかった一人の女性が、人を好きになることの喜びと怖さを知り、誰かと共に生きる未来を選び取るまでを描いた物語である。
静かな感情の積み重ねを丁寧に描く、近未来恋愛小説。