あらすじ
私の名前は、もう、念のためと呼ばれない。
三年、夫の口から出るその四文字を、私は数えてきた。
朝食の白湯に浮かぶレモンの皮ほど、軽い四文字。
その朝、夫は商会の令嬢を改鋳の主任に据えた。
私の印は、最後にひとつ押せばいい、と言われた。
私は、最後の試金石を白布にしまった。
戻る先は、実家ではない。
三年休んでいた、自分の机だ。
地金の小数点は、誰の印が飾りだったかを正直に教える。
中央から来た監察使は、まず私の控えから疑った。
私はそれを当然と思い、青表紙の台帳を差し出した。
私はもう一度、どの紙に、誰の名前のために、印を押すのか。
それを、まだ、決めていない。