あらすじ
浪人生の僕は、壊れたメガネを直すため、駅前の古めかしい眼鏡屋に入った。本当は、レンズ代込み五千円の量販店で安く済ませるつもりだった。けれど、なんとなく足を止めたその店で、僕は一万八千円の古いフレームを買うことになる。
それから数日後。ファーストフード店の窓際で、百円のコーヒーを飲みながら参考書を開いていた僕は、街を歩くひとりの女性の頭の上に、不思議な文字が浮かんでいるのを見る。
――今日死のう。
見えてしまった以上、見なかったことにはできなかった。けれど僕は、誰かの人生を救えるような立派な人間ではない。大学にも受かっていない。自分の未来すら決まっていない。ただの浪人生だ。
それでも僕は店を飛び出し、彼女に声をかける。
「あの、よくないと思います」
人の心が読めるわけではない。人を救う言葉を持っているわけでもない。ただ、見えてしまったものを見なかったことにはできなかった。
これは、壊れたメガネをかけた浪人生が、百円のコーヒーと冷蔵庫のビール一本ぶんだけ、誰かの今日に触れる、少し不思議な短編。