あらすじ
会社員だった佐藤賢司がトイレのドアを開けたら、そこはダンジョンの広間だった。
第六層と第七層のあいだ、天井の高い石造りの空間。青白く光る苔。どこからか流れてくる清潔な空気。探索者たちがなんとなく足を止める、その広間の奥まったところで、賢司はコーヒーを出すことにした。
看板はない。値段表もない。ただ口コミだけが、静かに広まっていった。
「あそこに行くと、なんか楽になる」
訪れるのは、悩みを抱えた者ばかりだ。引退を迷う老剣士。師匠を超えることを恐れる若い職人。故郷に帰れない吟遊詩人。子供の夢を否定してしまった父親。迷子になってたどり着いた女の子。騎士団での出世を後輩に譲った男。親友を裏切ってしまった女。医者になれなかった薬草師。十年ぶりに居場所を探しに来た元ギルドマスター。
賢司は彼らの悩みを「解決」しようとはしない。ただコーヒーを出して、話を聞いて、一緒に「整理」する。感情を並べて、事実を確認して、少しだけ見えやすくする。それだけだ。
それでも——帰るとき、みんな少し軽くなっている。
全六十話のオムニバス形式。毎エピソード、現代から仕入れた新商品が一つ登場します。カントリーマアム、どら焼き、プリン、カップ麺、ホットチョコレート、板チョコ、羊羹……コーヒーの苦さと甘さが、広間の人情話に静かに溶け込んでいきます。
ほっこり・じんわり・ときどきぐっとくる。そんな一作です。