あらすじ

夜会の隅で、私は涙を流さなかった。 婚約破棄を告げる声は、王太子の口からではなく、宰相補佐の手元の通達書から、事務的に読み上げられた。 中央で泣くのはお義妹様で、王太子はその涙を拭うのに忙しい。 私は中央に進んで、指輪を、お義妹様の掌に、そっと、置いた。 「お幸せに」とだけ告げて、踵を返した。 その時、夜会の天井が、銀の月光と共に、砕けた。 降り立ったのは、銀色の髪の青年だった。 人ではない、と、見ればすぐに分かった。 「ようやく、迎えに来られた」 低い声には、私が知らないはずの長い時間が、乗っていた。 公爵令嬢ヴィオラ。 七歳で母を亡くし、義妹に手柄を奪われ続けた、十九歳。 胸元のロケットには、母様の形見の、深い青の宝石。 その宝石と、彼の瞳は、同じ色をしていた。 なぜ、彼は、私の好物を知っているのか。 なぜ、宮殿の中庭には、私が七歳の春に一度だけ呟いた、青いリンドウだけが咲いているのか。 私の意識が遠のく前、女性の声が、囁いた。 それは、知っている声だった。 「お母さまは、あなたを千年待った人のもとへ、送りたかったの」 千年。 その言葉だけが、最後まで、私の中に残った。

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小説を読もう2026/05/03
  • 現在の作品もう、人間界には戻りません