あらすじ
那須の風は、甘えを許さない。
大冷山から吹き下ろす「那須おろし」は、火山礫の転がる荒野を撫で、飢えた者の肌を容赦なく削る。この地で生きるということは、風に抗うことではなく、風の一部になることだった。
後世、人々は「那須与一」の名を、屋島の海に舞った紅の扇とともに語り継ぐだろう。だが、彼が真に射抜こうとしたものは、名誉でも、ましてや英雄の座でもなかった。
それは、明日の飯であり、引き裂かれた血族の再会であり、そして何より「那須の人間は、しぶてぇんだっぺ」と笑い飛ばす、終わりのない一族の生存そのものだった。
これは、華やかな源平合戦の影で、弓という「道具」一つを武器に、時代の嵐を読み解き、八百年の未来を射抜こうとした一人の職人の物語である。