あらすじ
銅貨三枚。
奴隷市で買い叩かれたハイファ・レンに、侯爵は名前さえ覚えなかった。「片腕の欠陥品」と嘲笑し、立ち去った。だがハイファには、前世の記憶があった。日本の機関設計士・轟健三、四十五歳。蒸気機関を、ボイラーを、鉄道を、設計し続けた男の記憶が。
右腕は治癒魔法でも戻らない。**ならば鉄で作る**。廃材から鋼の義手《コウヒ》を組み上げ、徴収隊の重騎士を蒸気駆動義手で投げ飛ばす。同じ奴隷市で買われた元男爵令嬢ニコラ・アーカムが、整備士として並走する。「あなたが諦めたら、わたしの父が二度死ぬ」——彼女のセピアブルーの髪と、亡き父の遺した設計メモが、ハイファの孤独な工学を支える。
水煙釜で蒸気を生み、鉄軌《テッキ》を敷き、鉄走機《テッソウキ》を走らせる。**「四十日かかる穀物輸送を、三日に圧縮する」**。属国オルディナを飼い殺してきた中央王国の物流独占が、一夜にして崩壊した。
王国は鉄路を爆破した。同志十二人が死んだ。それでもハイファは諦めなかった。エリアス大公とともにオルディナ独立を宣言し、ラーゲン渓谷をスイッチバック三段とループ線で貫通する。海運も陸運も議会も、片腕の機関設計士の鉄路に飲まれていく。
そして近衛騎士団千二百騎との最終決戦。蒸気機関車「ハイファ号」が地平線から迫る。**「鋼の車体、全長四十丈、重量二百四十屯。ハイファ号は、一度も減速しなかった」**。同時刻、王都議会で侯爵が引きずり出される。「貴殿は、銅貨三枚で買った奴隷の名前を覚えているか?」——覚えていない。議場に立つハイファが告げる。**「俺は、あなたが、銅貨三枚で買って、忘れた男だ」**。
欠落こそ、創造の起点。世界に義手を装着した男の、機工侯爵叙任までの物語。