あらすじ
婚約破棄されたその夜から、私は泣くことをやめた。
社交界デビューの夜会で、八年来の婚約者・エドワード王太子から公衆の前で婚約を解消されたアメリア・クロスフォード。怒らず、乱れず、深く礼をして「承知いたしました」とだけ言って広間を出た。伯爵家の娘として叩き込まれた矜持が、それを許さなかった。
翌朝、帰りの馬車に乗り込もうとしたところに先客がいた。隣国ヴァルテ王国の第一王子、シリウス。「取引をしましょう」と言った彼は、アメリアを政略上の協力者として自国に迎える。泣くより先に「条件は」と返したアメリアに、殿下は初めて面食らった顔をした。
ヴァルテ王宮での日々の中で、アメリアは薬草庫に居場所を見つけ、シリウス殿下は彼女を静かに観察し続ける。感情を見せないのではなく、感情を持ちすぎているから封じているのだと、誰より早く気づいたのは殿下だった。
「嘘をつくのが上手くなったな」
その一言が、八年分の壁を崩した。
やがてエドワードが「取り戻しに来た」とき、アメリアは静かに「承知いたしません」と言った。派手な逆転劇ではない。ただ、もう戻る場所がないとわかっていたから。