あらすじ
山の上にある古いホテルで、名家の結婚式が開かれる夜。
町外れでひっそり暮らす男のもとに、一通の招待状が届く。差出人の名はなく、白い封筒の中には式の案内と、古い日付だけが記されていた。
男は誰にも告げず、古い車を走らせる。
雪の残る坂道。ヘッドライトの先を、正装の列が黙って歩いている。追い越しても、誰ひとり振り向かない。
会場は明るく、あたたかく、よく整っていた。
磨かれた床。乾いた笑い声。冷えたグラス。祝うための言葉。
けれど、肝心の花婿を見た者はいない。名を口にすると、皆どこか曖昧に微笑むばかりだった。
男は招かれた理由を知らない。
ただ、封筒に記された数字だけは、忘れたことがなかった。
外では雪が降り続いていた。
山は静かに湿り、地面の奥で、何かがゆっくり軋んでいる。
誰が男を呼んだのか。
誰のための式なのか。
そして、ここへ集まった人々は、何を待っているのか。
祝福と沈黙が同じ卓に並ぶ、ひと晩の物語。
『花婿のいない結婚式』