あらすじ
戦場に咲く一輪の徒花――。
楠木正成の血を継ぐ美貌の将、楠木多門。だがその正体は、死に場所を求める娘・結(ゆい)であった。
敗軍の将として捕らえられ、敵将・足利直冬の前に引きずり出された彼女を待ち受けていたのは、死よりも残酷な「検分」という名の恥辱。
全軍の目前で晒(さらし)を解かれ、女であることを暴かれた結。しかし、自分を凌辱せんとする直冬の瞳の中に、彼女は自分と同じ「家名という名の檻」に囚われた孤独な魂を見出す。
「俺は足利の者ではない。ただの直冬だ」
父・尊氏に拒絶され、歴史からも疎まれた男。
家名を捨て、武士としての死すら奪われた女。
昨日の仇敵は、今宵、互いの傷を舐め合う唯一の共犯者となる。
雨の陣中、秘められた褥(しとね)で交わされるのは、愛か、あるいは破滅への契約か。
石堂頼房の陰謀、兄・正行の追撃――。
歴史の濁流に抗い、足利でも楠木でもない「個」として生きることを選んだ二人の、烈しくも艶やかな戦いがいま始まる。