あらすじ
紅茶のカップに、銀の蓋を載せる。
それが、ヴェルネシア王国の貴婦人が、会話を打ち切る作法だった。
半年前に婚約を破棄されたクラリスは、離れの一室で、その蓋の音だけを友に暮らしていた。
届いた一通の書面は、元婚約者からのものだった。
過去の誤解を、水に流そう。
高慢な文面の余白に、見知らぬ隣国公爵の名が、小さく添えられていた。
クラリスは、短い一行だけ返す。
さすがにこれは、お断りしたく存じます。
その返事を王子が読む前に、離れには、隣国の公爵が訪れていた。
彼は名乗り、紅茶の産地を当て、用件は何もない、と告げて帰った。
知らないはずの男が、知らないはずのことを、知っている。
半年のあいだに、誰が、何を動かしていたのか。
そして、この静かな人は、なぜ、自分に近づいてきたのか。
蓋の載らない紅茶のカップが、冷えていく。
答えは、まだ、どこにもない。