あらすじ
死んだじいちゃんが、俺の頭の中で、まだしゃべっている。
■ 2089年、東京。
人は、死後、その記憶を結晶に残して、誰かに継ぐ。
その結晶を「メモリア」と呼ぶ。直径2センチほどの、青く透き通る六角柱。
死んだ人間の脳神経パターンが、その中に封じられている。装着すれば、装着者の頭の中で、死者は語り続ける。声をかけてくれる。叱ってくれる。夜中、隣で笑ってくれる。──故人の知識、技術、性格まで、装着者の中に流入してくる。
死は、終わりじゃない。
死者の記憶は、生者の中で生き続ける。
それが、この時代の常識だった。
ただし──ひとつだけ、決まりがある。
「3人まで」。
それを超えると、人は壊れる。
「マルチ」と呼ばれる、人格が混ざりすぎた状態。誰でもない誰かに、なってしまう。
それが、メモリア技術の唯一の絶対則だった。
■ 朝陽 カイ、16歳。
俺は、誰かに必要とされたこと、たぶん、あんまりない。
なんていうか、俺が今ここで死んでも、世界は普通に回るだろうな──って、時々、思う。
両親は、俺が8歳の時に交通事故で死んだ。
祖父は、3ケ月前に脳卒中で死んだ。
今、俺の家には、誰もいない。築40年の木造アパート、208番。家賃は、祖父の保険金で、あと1年もたない。学校では、誰とも、深く話さない。仕事も、まだ何も決まっていない。
だけど、寂しくはなかった。
祖父のメモリアを、装着していたから。
頭の中で、じいちゃんは、まだ、生きていた。
朝起きれば、「カイ、メシちゃんと食ったか?」と聞いてくる。
俺が落ち込めば、軽口で笑わせてくれる。
夜、眠る前に、「気をつけえ」と、ひとこと、言ってくれる。
俺は、じいちゃんの好きだった花の名前を、自分の知識として、知っていた。
じいちゃんが、若い頃、好きだった音楽を、自分の趣味として、聴いていた。
じいちゃんが、お茶を淹れる時の、静かな所作を、自分の癖として、身につけていた。
便利だった。
でも、それは、ずるい便利さでもあった。
自分で覚えたのではない知識を、自分のもののように、使う感覚。
自分と、自分でない誰かの境界が、少しずつ、曖昧になっていく感覚。
俺は、その境界の、すぐ手前にいた。
3ケ月、ずっと、二人だった。
俺と、頭の中のじいちゃん。
それで、十分だった。
──11月の、ある朝までは。
■「最後の継承者。あなたしかいないの」
その朝、俺は、青山霊園にいた。
祖父の墓前。線香の煙が、斜めに流れていく。
風の音、首都高の遠い唸り、それだけ。
誰もいない、はずだった。
なのに、声がした。
──最後の継承者。あなたしかいないの。
聞いたことのない、女の声。
死者の声でも、祖父の声でもなかった。
頭蓋骨の内側で、直接、響いた声。
その日の夕方、俺は、押入れの段ボールの底で、それを見つけた。
青ではない、赤い結晶。
中で、何かが、脈打っていた。
俺の名前を、呼ぶように。
その瞬間、俺の世界は、変わった。
──いや。
すでに、変わっていた。
ずっと前から。
俺が、まだ、知らないだけで。
■ 主要な登場人物
【朝陽 カイ】 16歳 / 主人公・一人称「俺」
両親を8歳で失い、祖父も3ケ月前に死んだ、孤独な高校生。誰にも必要とされない、と思いながら、祖父のメモリアと毎日対話して暮らしている。
普通の高校生のふりをしているが、ある朝、青山霊園で響いた、知らない女の声が、彼の世界を、静かに、変えていく。
【朝陽 ヨウスケ】 故人(享年72) / カイの祖父
メモリア技術初期開発の最初期メンバー。引退後、自宅の四畳半を「研究室」と称して、密かに、ある研究を続けていた。3ケ月前に脳卒中で死亡したが、メモリアとして、カイの頭の中で生き続けている。
軽妙な口調、孫思いの優しさ、そして──孫に語れない、何かを、抱えている。
【ハル親父】 本名:ハル / 48歳 / 闇の解析屋
新宿駅地下3階「魂格街」で店を構える、闇のメモリア解析業者。眠そうな目、無精髭、煙草の匂い。
カイが持ち込んだ赤い結晶を見て、彼の表情は、変わる。
「坊主のジジイには昔、世話になった。──死んだ人間に借りを返す機会を、孫に作ってもらえるなら、そっちの方がありがたい」
■ 本作のテーマ
◇ 「個でいることの尊さ」
死後の継承が当たり前になった社会で、人は「複数の魂を抱える」ことを、どこか誇りに思うようになっていた。
そんな世界で、「個でいる」ことの意味とは、何か。
カイは、孤独な少年だった。
だが、彼が選び取るのは、「自分でいること」。
誰の代わりでもない、誰にも染まらない、自分自身であること。
──「与えられた運命を、自分で選び直す勇気」。
それが、この物語を貫く、核心のテーマ。
◇ 「死者と、どう生きていくか」
メモリアは、死を、書き換える技術だ。
死んだ人と、もう一度、対話できる。
死んだ人に、毎晩、おやすみを言える。
死んだ人の癖を、自分の癖として、引き継げる。
それは、悲しみを和らげる、優しい技術だ。
──同時に、悲しみが、永遠に終わらない、ということでもある。
私たちは、死んだ人を、どう、抱えて生きていくのか。
忘れることが正解なのか、覚えていることが正解なのか。
記憶を引き継ぐことが、優しさなのか、それとも、自分自身を、削っていくことなのか。
この問いに、本作は、ひとつずつ、答えを探していく。
■ 構成
本作は、現代SF・ダークファンタジー長編。
第一章「継承の始まり」(全7話・東京編)
第二章「選択の重み」(全8話・世界編)
■ こんな方に、お薦めしたい
・新世紀エヴァンゲリオンを観て、心を抉られた経験のある方
・進撃の巨人で、エレンの選択に、共感した方
・東京喰種の、孤独な主人公に、自分を重ねた方
・PLUTO(浦沢直樹)の、人と機械、生と死の境界、を考えたい方
・ヴァイオレット・エヴァーガーデンの、喪失と再生に、涙した方
・「自分は誰にも必要とされていない」と、ふと思った夜のある方
・「死んだ家族の声を、もう一度聞きたい」と、思ったことのある方
・重厚なSF設定と、繊細な心理描写の、両方を求める方
■ 作者からのメッセージ
この物語を書いている間、私はずっと、ある一人の少年のことを考えていました。
「誰にも必要とされない」と感じている、孤独な少年です。
彼は、世界のどこかに、確かにいます。
今この時、画面の向こうで、これを読んでいる、あなたかもしれません。
そんな少年が、ある日、自分が「世界の真ん中」に立たされていることを知ったら。
そして、それでも、「個でいること」を選び取ったら──。
この物語は、その少年の物語です。
そして、もしかしたら、あなたの物語でもあります。
死んだ人と、もう一度、対話してみたかった夜。
誰にも必要とされない、と思った朝。
それでも、自分の足で、明日に向かって歩こうとした、その瞬間。
──そのすべてを、この物語に、託しました。
どうか、最後まで、付き合っていただけたら、嬉しいです。
「死んだじいちゃんが、俺の頭の中で、まだしゃべっている」
鏡継のアルカ、ここから始まります。