あらすじ
桐島凛、高校二年生、十七歳。
あだ名は「能面」。
幼い頃の事故で顔の神経を一部損傷して以来、凛の表情筋はうまく動かない。泣きたくても泣けない。笑いたくても笑えない。怒っていても怒っているように見えない。
だから人は言う。「あの子、怖い」「何考えてるかわからない」「感情ないんじゃないか」
違う。凛の内側は、誰よりもうるさい。
植物が美しいと思えば胸が震えるし、毒草の見分け方を覚えるのは楽しいし、祖母から教わった薬草の知識を語りだすと止まらない。感情はある。ただ、顔に出ないだけだ。
そんな凛が、修学旅行先の古い神社の境内で足を滑らせ、気がつくと——
異世界の後宮の真ん中に、ドスンと落ちていた。
しかも目の前では、皇帝陛下が毒に倒れている。
凛は状況を確認し、倒れた青年の唇の色と、漂う甘い腐敗臭から毒の種類を特定し、そして淡々と言った。
「……附子(ぶし)の過剰摂取かと。解毒するなら、今すぐ甘草を」
無表情のまま、静かな声で。
宮廷中が静まり返った。
こうして凛は、本人がまったく望んでいないのに、最強の「毒師」として後宮に囲われることになった。
皇帝・黎嵐(れいらん)は言う。
「おまえは余の傍にいろ。それが余の意思だ」
凛は内心で叫ぶ。
(帰りたいんですけど!!!!)
でも顔には、何も出ないのだった。