あらすじ
高校に入って、風間さんという女の子が同じクラスにいた。
一度だけ、話しかけようとした。
声をかけようとした瞬間、体が固まった。気づくと僕は彼女の目だけを見ていた。彼女は静かにうつむいた。僕は話しかけられなかった。
そのまま時は過ぎた。
名字の順のせいで席は隣だった。彼女はときどきノートを書くふりをして、こちらを見てきた。僕は窓の外ばかり見ていた。校庭の端の防球ネットとか、空とか、どうでもいいものを。
一年はそれで終わった。
二年生でクラスが分かれ、三年でまた同じクラスになった。しかもまた隣の席だった。
風間さんはまた同じことをした。ノートを書くふりをして、こちらを見る。僕は無関心を装った。
すると風間さんは、露骨に拗ねるようになった。教科書を机に置く音がやけに大きい。椅子を乱暴に引く。
そんな日がしばらく続いた。
ある日、彼女が机を叩いた。
バン、という乾いた音に引かれて、思わず顔を向けた。たぶん一瞬だった。でも——たぶん、まずい見つめ方をした。
すぐに目を伏せた。風間さんも、少し遅れてうつむいた。
二人でうつむいたまま、ひどく長い時間が過ぎた。
あのとき胸の奥にあったものを、言葉にできたことが一度もなかった。
秋になり、僕は卒業文集の係になった。クラス全員から一言メッセージを集めるだけの仕事だった。みんなは藁半紙に雑に書いて、帰り際に机の箱へ入れていった。
風間さんだけが、最後まで出さなかった。
回収最終日の放課後、教室にはもう数人しか残っていなかった。そのとき、風間さんが来た。
彼女は何も言わず、藁半紙を折ったものを差し出した。封筒みたいに、きれいに折られていた。
「あとで開けてね」
それだけ言って、教室を出ていった。廊下で一度だけ振り返り、後ろに手を組んだまま少し後ずさって、壁に当たって、向きを変えて行ってしまった。