あらすじ

春は、春が好きだった。 名前のせいかもしれない。 桜が咲く匂いも、少しぬるい風も、新しい制服も。 全部が「始まり」の感じがして、胸が少しだけ高鳴る。 十六歳。高校一年生。 教室の窓際、一番後ろの席。 春は頬杖をつきながら、青い空を見ていた。 「……異世界とか、行けないかな」 誰にも聞こえない声で呟く。 剣と魔法の世界。 ドラゴンが空を飛び、冒険者が酒場で騒ぎ、勇者が魔王を倒す世界。 春はそんな世界に憧れていた。 魔法を使ってみたかった。 誰かを守れる力が欲しかった。 自分が“特別”になれる場所を、ずっと探していた。 「山本ー。ホームルーム始めるぞー」 先生の声で現実に引き戻される。 クラスメイトの笑い声。 スマホの通知音。 退屈な授業。 全部が悪いわけじゃない。 でも、春の心はどこか満たされなかった。 その日の帰り道。 夕焼けに染まる商店街を歩いていると、古びた本屋が目に入った。 「あれ……こんな店、前からあったっけ?」 細い路地の奥。 まるで隠れるように建っている小さな店。 看板にはこう書かれていた。 ──《異世界古書堂》 「……怪しすぎるだろ」 そう言いながらも、春は扉を開けていた。 カラン、と鈴が鳴る。 店の中は薄暗く、古い本が天井まで並んでいる。 不思議な匂いがした。雨とインクを混ぜたような匂い。 「いらっしゃい」 奥から現れたのは、白い髪の少女だった。 年は春と同じくらい。 赤い瞳が静かにこちらを見る。 「君、“向こう側”に興味ある?」 「……え?」 少女は棚から一冊の本を取り出した。 黒い表紙。 中央には銀色の紋章が刻まれている。 『アルディア戦記』 その本に触れた瞬間── 世界が光った。 「うわっ!?」 床が消える。 景色が歪む。 身体が浮く。 耳元で少女の声が聞こえた。 「春。君は選ばれた」 「え……?」 「世界を救う勇者に」 次の瞬間。 春は草原に倒れていた。 青空。 見たことのない巨大な山。 遠くに浮かぶ城。 そして。 「……マジで、異世界?」 春の前に、小さな光が現れる。 光は羽を広げ、妖精の姿になった。 「はじめまして、勇者様!」 金色の髪を揺らしながら、妖精は笑う。 「私はリリィ! あなたを魔王討伐へ案内します!」 春は呆然としながら空を見上げた。 ずっと夢見ていた世界。

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小説を読もう2026/05/12
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