あらすじ
両親を亡くしたあと、高校へは行かずに、海の街の観光ホテルで働き始めた悠真。
ある日、ロビーに現れた一人の女性客から、目が離せなかった。
一目惚れではない。胸が高鳴っているのではなく、奥の方が静かにざわついていた。
見惚れているのではなく、何かを探していた。
客室で浴衣の説明をしている時、彼女の左手首に、小さなホクロを見つける。
少し歪なハート型のホクロ。
それは、悠真が子供の頃、名前を知らないまま終わった夏に、隣に座っていた少女の手だった。
あの夏、悠真は彼女に名前を訊いた。
けれど、彼女が答えようとした瞬間、怖くなって、自分の名前だけを叫んで、走って逃げた。
訊けたのに、聞けなかった。
何年も経って、ホテルの廊下で、彼女は静かに名前を差し出してくれる。
そして、悠真は知る。あの夏、彼女もまた、何かを抱えてあの草むらにいたことを。
置き去りにした夏と、動き出す朝の、静かな再会の物語。