あらすじ
東京でOLをしていた竹内紬、三十二歳。危篤の父に呼ばれ、十年ぶりに別府へ帰る。父の最後の言葉は「正庵を継いでくれ」——ただそれだけだった。
レシピはない。打ち方もわからない。あるのは、お父さんの道具と、三十年分の蕎麦の匂いだけ。
途方に暮れる紬の前に現れたのは、父の元弟子・耕二。口が悪くて、不器用で、三回断られた。それでも紬は諦めなかった。約束したから。
「感覚だ」——耕二はそれしか言わない。でも紬は毎朝七時に厨房に立ち続ける。水回し、こね、休ませ、伸ばし、切り。粉と話しながら、手で答えを探しながら。
蕎麦は正直だ。打った人間の気持ちが、全部出る。