あらすじ
十年間、公爵夫人として家を守り続けたアネーゼが、夫から突き付けられたのは「愛人を正妻にする」という一方的な宣言だった。
涙は出なかった。代わりに、胸の奥で静かに何かが折れる音がした。
名門グラオス公爵家に嫁いで十年。社交の華と呼ばれながら、裏では領地の運営をほぼ一人で支えてきたアネーゼ。だが夫ヨーハンの目に映るのは、若く華やかな男爵令嬢だけ。公爵家の未来よりも、自らの恋情を選んだ夫に、アネーゼは最後の選択を下す。
婚姻を解消し、単身で国境を越えた先は、新興の港湾国家ヴェルデン。そこで出会ったのは、冷徹と噂される若き宰相ニクラス。彼の下で外交補佐として働き始めたアネーゼは、かつての経験を武器に、異国の地で静かに、しかし確実に頭角を現してゆく。
だが、旧国グラオスからの追手、夫の愛人の策謀、そして信じていた者の裏切り。試練は次々と押し寄せる。それでもアネーゼは感情に流されず、「観察し、仮説を立て、証拠を示す」という信条で一つずつ壁を越える。
失ったものは大きい。けれど、自分の足で立つことを選んだ先に待つ景色を、彼女はまだ知らない。