あらすじ
嫌でもあらゆる音を拾ってしまう私の耳は、いつも痛みを抱えている。
何十年も変わらない土と潮の匂いの中で、私は今日も痛みを誤魔化すために、誰かが落とした「あまみ」の欠片を探していた。
「苦い」ものばかりの毎日の中で、胃の奥を少しだけ温めてくれる報酬や、誰かが不意に差し出してくれた飴玉。やさしい挨拶。
生きる苦痛をほんの一瞬だけ忘れさせてくれるそういう優しいものを、私はいつからか「あまみ」と呼ぶようになっていた。
私にとって、「あまみ」はこの世界で唯一信じられるものだ。
雨上がりのゴミ捨て場。
そこには、一足の「かつては輝いていたであろう高級な革ブーツ」が、ガラクタの山から空に向かって突き立っていた。
私は足を止めた。死体なら、音はしない。でも、そのブーツからは、バタバタと暴れる振動と、くぐもった声が聞こえてくる。
お酒の匂いもする。
「……ねえ。そこで逆さまになってる、足。もうすぐゴミ回収の荷車が来るよ。そのまま捨てられるつもりなら、その立派なブーツ、私にちょうだい。売れば『あまみ』がいっぱい買えそうだから」
私が声をかけると、ブーツがビクンと怒りで跳ねた。
「……黙れ! 俺はゴミではない! 俺は名門騎士団の、誇り高き分隊長、ジル・ド・レイス……っ、げほっ! ぺっ、ぺっ! キャベツの芯が喉に……!」
ガラクタの山から這い出してきたのは、想像以上に汚い男だった。
鼻の頭にはバナナの皮が張り付き、かつては白かったであろう騎士のコートは、もうどっちが表か裏かも分からない。
* * *
話を聞けば、この男——ジルは、一週間前まで名門の騎士だったらしい。だが、信頼していた家令に騙され、家も、土地も、爵位さえもすべて奪われた。
今では自分の屋敷には家令の息子がふんぞり返り、自分は雨の中を彷徨う身。勲章と見間違えた空き缶を追ってゴミ山に転落した……というのが、この無様な姿の真相だった。
この男からは「負け犬」の不快な音がする。それなのに、胸の奥からはどうしようもなく場違いな「誇り」の音が聞こえてくるのだ。
「騎士様? 騎士様って、ゴミの山を逆さまに守るのが仕事なの?」