あらすじ
婚約破棄された夜、公爵令嬢アリアは否定しなかった。
「……はい。その通りです」
会場が凍りつく中、アリアはさらに言い放つ。「私は、別の方を想っています」と。
しかし——彼との間に、何もなかった。ただ一度も行動せず、ただ一度も言葉にせず、ただ胸の奥の小さな部屋に鍵をかけて、十年以上閉じ込め続けただけ。
「想ってはいけないと分かっていたので、ずっと何も選びませんでした」
浮気ではない。不誠実でもない。ただ——選べなかった。十歳の秋に政略婚約が決まったあの日から、アリアは自分の感情を封じ、完璧な婚約者を演じ続けてきた。笑顔は正確で、言葉は適切で、所作は完璧。でも心は、ずっと別の場所にあった。
幼い頃、迷子になったアリアを送り届けてくれた騎士見習いの少年。言葉は荒削りで、身分も低く、でも誰よりも真っ直ぐな目をしていた。歩幅を合わせてくれた。沈黙を重くしなかった。「また来たか」と言うだけで、それ以上何も求めなかった。
あの演習場での夏が、アリアにとって唯一「自分のままでいられた」時間だった。
婚約破棄から三日後、王太子エドワードがやり直しを申し出る。「今ならやり直せる」——彼は間違っていない。誠実で、責任感があって、アリアを傷つけたことは一度もない。でも、アリアの答えはひとつだった。
「いいえ。私は初めて、自分で選びます」
「あなたは間違っていません。でも——私は幸せではありませんでした」
王太子を悪者にしない。誰も責めない。ただ初めて、自分の心の声に従って歩き出す物語。
「今度は、選んでもいい?」
これは、十年越しに扉を開けた、一人の女性の——初めての、自分だけの恋の話。