あらすじ
「人が死ななくなるとどーなるか。暇を持て余して戦争が始まるらしい」
「当事者としては笑えない冗談だ」
塹壕で身を伏せていると、鈴木がふざけたことを言い出した。事実だからタチが悪い。
ヘルメットを銃弾がかすめる乾いた音。
どぉん、と遠くで迫撃砲が鳴る。土埃とオイルの匂い。今日はシナガワ駅前がにぎやかだ。
周囲のビルからはカナガワ県民に向けられたトウキョウのスナイパーの目。
別ルートで行ったやつらの陽動としてこうやって正面からぶつかってるわけだが、地理も数も向こうが上となればそりゃもうしんどい。
早く終わらせてくれ。
――三時の方向、走って! 死ぬよ!
頭の中で響く山田の声。
慌てて体を起こし言われた方向へ駆ける。
鈴木も俺を追いかけるようにして走り出す。
そして後ろで迫撃砲の着弾、爆発。
ついさっきまで俺らがいた場所だ。土煙の中に人影がうごめいている。
――十時の方向、突撃兵。距離を取りつつ殺し間作って。スコアチャンスだね。
振り返るとトウキョウ軍が突っ込んできていた。
どいつもこいつも土埃にまみれて必死の顔してやがる。
ケミカル決めてわけわかんなくなってる顔も半分くらいか。
一つ息をつき、追いついて来た鈴木に山田の言葉を伝える。
銃床を肩に当て、引き金を引く。
対面の塹壕に味方が見えるので、射線に気を付けた丁寧な十字砲火。
突っ込んできたやつらがバタバタと倒れていく。
そしてまた膠着状態。
散発的にガガガ、と銃弾の鳴く声が、シナガワ駅に向かう架線の上に響いていた。
まぁ俺らはここでゆっくり敵を、と浅い塹壕に寝そべるようにして息をついた時。
どぅん、と地面が揺れた。――合図だ。
慌てて耳を防いでうつぶせになり、衝撃波が頭の上を過ぎるのを待つ。
そして、最初のとは比べ物にならないほどの白い爆発。
白い光の中に飲み込まれたような感覚。
音はなく、きぃんと甲高いという感覚だけが鼓膜に残った。
許容値を超えた音が、音として認識されなかったらしい。
一瞬遅れて、許容範囲限界の爆発音が何度も鼓膜に届く。
耳を塞いでも鼓膜が破れそうなほどの衝撃。
やがて衝撃が過ぎ去り、恐る恐る顔を上げる。
ガラガラと、大きな積み木を崩すような音が響いていた。
先程までスナイパーを抱えていたビル群が、更地になっていくところだった。
一緒のたこつぼにいた鈴木もぽかんと口を開けている。
二百年ほどの歴史があるというホテルも、おととし建て替えたばかりのビルも、道路沿いにある5階建てのおんぼろビルも、最新のガラス張りだったオフィスビルも。
全てが等速に落下して、崩れ落ちていく。
品川駅だけはきれいに保たれているが、隣のオフィスビルに寄りかかられてひしゃげるのも時間の問題だろう。
砂埃にビル群が埋もれていく。
「いや、やりすぎだろ……」
確かにブリーフィングでは周りのビルをいくつか破壊するような話をしていた気もするが、ここまで全部やるとは思ってもいなかった。
後で使うことを何も考えていないらしい。
前回の品川侵攻で使いきれなかったネタを放出する、と言っていたのはこういうことか、とはじめて理解した。
そしてオフィスビルが崩れ、品川駅に降り注ぐ。
同時にファンファーレが鳴り、システムメッセージが眼内コンタクトに流れる。
”シナガワ駅フラッグ戦、カナガワの勝利です!”
フラッグ戦だから、フラッグを取らなければならない。
しかし周囲のビルからのがれきで埋めてしまえばフラッグもくそもない。
さっきの衝撃で東京側の地上部隊もほぼほぼ壊滅してるだろうし、このまま続けても意味はないだろう。
しかしVRでやってた時には何とも思わなかったが、現実に侵食してきた戦争でゲーム終了の合図が流れるとえらくチープだ。
いったい誰がこの表示を出してるんだか。
ポケットから煙草を取り出そうとしているところに、鈴木が遠くから声をかけてくる。
「おつかれー。今日もおかげで助かったよ。天使ちゃんにありがとうって伝えといてくれ」
適当に手を振って返事する。
煙草に火をつけている間に、鈴木はどこかへ行っていた。
まぁ金と飯だろう。ついでに女か。
「だとよ」
言われたとおりに山田に声をかける。
煙草を一息。旨い。
――おいおい佐藤君。もうちょっと感謝のしようってのがあるんじゃないかな? 私のおかげで命もスコアも助かってるはずなんだけど?
甘い声の君にいつも助けられて感謝しております。本当にいつもありがとう。
――なんか嘘くさいな、君は。
それほどでも。ほかのとこでの現状は?
――はぁ……。予定通りだよ。マチダがセタガヤまで一気に落として、僕らもオオタ区、シナガワ区、と順調に来てる。チバ、イバラキはアダチ区、エドガワ区とやりあってるころかな。後はメグロとシブヤの処理さえ間違わなければ、みんなで都庁になだれ込めると思うよ。
「よーやくかぁ……。3年、長いようであっという間なようで」
――これで僕という天使もお役御免かなぁ。どう? 寂しい? 寂しいよね?
「よーやくかぁ……」
安堵のため息に抗議する山田の声を無視して、目の前に広がる元ビル街、カナガワ県旗が翻るシナガワ駅を見上げた。
いつ見てもデザインに正気を疑ってしまうが、このくだらない戦争が終わってくれるなら、どうでもいい。
青い空に茶色い土煙。
遠くに聞こえる微かなヨコハマ市歌。
――我が日ノ本は島国の。
……ほんとに、とっとと終わってくれ。