あらすじ
捨てられた婚約者は死んだことにしたのに、今さら公爵が狂ったように探してきます
その名を呼ばれたことは、一度もなかった
贈られた宝石は、箱の中で眠ったまま
言葉はなく、視線もなく
ただ“そこにいること”だけが許されていた
だから私は、静かに消えた
崖の下に落ちたことにして
誰にも見つからない場所へ
ようやく、自分として息をするために
——それで終わるはずだったのに
あなたは初めて、私の部屋に入ったという
触れられなかった椅子に手を置き
開かれなかった箱を開けて
ようやく、“空白”を見つけたという
遅すぎる
名前も呼ばずに、愛を語ることもなく
ただ与えて、理解されたつもりでいた人
それでもあなたは探した
死んだはずの私を
執念のように
祈りのように
市場の雑踏で、手首を掴まれたとき
私は初めて、あなたを恐ろしいと思った
あれほど冷たかった人が
壊れたような声で、こう言うから
「見つけた」
雨の夜
あなたは何度も言葉を飲み込んだ
三年分の沈黙が、喉に詰まって
たった一言が、どうしても出てこない
愛している、と
言えなかった人が
失ってから、初めてそれを知るなんて
滑稽で
残酷で
少しだけ、救いがある
私はもう、あの箱の中には戻らない
けれど
空白だった三年を
あなたがどう埋めようとするのかだけは
見届けてもいいと思った
それが愛かどうかは
まだ、わからないけれど