あらすじ
親友の海を亡くした橘灯は、三月になると校庭の一本桜の下で、死者が戻るという噂を信じて毎年待ち続けていた。三年目の春、同じく事故で兄を失った同級生・水瀬詩が、放課後にその場所に現れ「私も待っていいか」と灯の隣に座る。二人は最初は沈黙が続きながらも、桜のつぼみがほころびるにつれて少しずつ言葉を交わし、互いが来ない誰かを待っていることを知る。
灯は海のうるさくて負けず嫌いな性格や、兄を失った詩もまた「優しかった」とだけ言える兄のことを語り、思い出を少しずつ言葉にする。桜が満開になり、卒業式を控えたある日、灯は「今年も来なかった」という言葉を胸の奥で繰り返し、待つことの終わりに近づいている自覚を持つ。
卒業式の日の午後、雨に打たれてほとんど散った桜の下で、灯と詩は「来なかった」と言い、それぞれの喪失を静かに認め合う。それでも二人は、来年の三月もまたどこかの桜の下で待ち続けるだろうと確かめ合い、花びらがほとんどない枝を見上げながら、それぞれの道へ歩き出す。