あらすじ
明治二十六年(一八九三年)
シカゴ万国博覧会。帝を失い死にかけた京都が、再生を賭けて挑んだ一大プロジェクト——宇治・平等院鳳凰堂の精巧な複製「鳳凰殿」の建設と、祇園の芸妓による「生きた京文化」の発信。西洋列強が国威を競う万博の舞台で、日本文化の真価を世界に伝えるため、アメリカ帰りの広報官と京都の番頭候補が、言葉と段取りという異なる武器で戦い抜く、史実着想の文化エンタテインメント。
◆【登場人物】
◇桐島文子(二十三歳)
京都実業協会の広報官。六歳で渡米し、日本とアメリカのどちらにも完全には属せない。武器は英語と広報戦略。チョコレートに目がなく、経費の使い方が荒い。
◇大野健吾(二十五歳)
中村栄助の会社の番頭候補。西陣の織元の次男。京都の商慣習と人の機微を熟知し、帳面と段取りで場を動かす。桐島との初対面で握手を拒否した男。
◇市駒
祇園の名妓。芸に厳しく、弟子の市乃を鍛え上げる姉弟子。
◇市乃
舞妓。怖がりだが、好奇心が勝つ十代の少女。
◇久留正道
鳳凰殿を設計・建築する宮大工の棟梁。頑固で寡黙。
◇ダニエル・バーナム—
万博総監督。「鉄の男」。秩序と公平を絶対とする。
◆【あらすじ】
明治二十二年、桐島文子は十七年ぶりに京都へ帰国する。だが父が語った「千年の都」は、帝の東京遷都と廃仏毀釈により瀕死の街と化していた。京都実業協会の中村栄助に見出された桐島は、シカゴ万博への出展計画に参画。平等院鳳凰堂の複製建設を提案し、東京の政府委員会で大蔵省の古賀と激突しながらも、外務大臣・陸奥宗光の支持を得て採択を勝ち取る。
一方、中村の番頭候補・大野健吾は、桐島が恐れて提案できなかった芸妓派遣を自ら発案する。「誤解を正すのがあなたの仕事では」——大野の一言が、桐島の矛盾を突き、二人の関係を変える。大野は祇園で名妓・市駒と舞妓・市乃を口説き落とし、桐島は「私の言葉で世界に伝えます」と誓う。
シカゴに渡った四人を待っていたのは、万博総監督バーナムの鉄壁の拒絶だった。鳳凰殿の建設遅延を突かれ、日本文化を披露する「懇話会」の開催許可は何度申請しても却下される。桐島は追い詰められ、嵐の夜に崩れ落ちる。だが仲間たちの存在が彼女を立ち直らせ、フランス人記者ジュリエットとの出会いが局面を変える。ジュリエットが書いたトリビューン紙の記事は、未完成の鳳凰殿を「もう一つの美の聖域」として世に知らしめた。
そして最後の交渉。桐島が正面からバーナムの論理に切り込み、大野がジュリエットとの連載企画という切り札を差し出す。二人の異なる武器が、鉄の男の城門をこじ開けた。
懇話会の夜、市乃の舞と久留の木組み実演が、国境を越えて人々の心を震わせる。バーナムは初めて、秩序の外にある美に膝を折った。
帰国後、大野は西陣の兄の工房を訪ねる。兄は黙って頭を下げた。機音が、少しだけ戻り始めていた。
五十八年後。八十五歳の桐島は、ひ孫の手のひらに十円硬貨を見る。その裏面に刻まれた鳳凰堂の姿——かつて世界を驚かせた鳳凰は、この国のすべての人の手に還っていた。