あらすじ
「土の記憶、炎の系譜」
下野の国、益子の地には、土の記憶がある。
奈良の都が栄えた頃より、この地の土は炎と出会い、形を与えられてきたという。しかし、長い年月、その記憶は土の底に眠り続けた。
嘉永六年(西暦一八五三年)、隣国笠間で陶芸の技を修めた大塚啓三郎が益子に窯を開いた。華美な装飾を排し、人々の暮らしに寄り添う素朴な器。水甕、鉢、土瓶。その実直な品々は江戸の町へと広まり、益子はやがて陶器の里として知られるようになる。
これは、その前年の話である。
啓三郎がまだ益子の土を踏んでいない、嘉永五年。この里に一人の陶工がいた。名を六助という。彼が何を失い、何を作り上げたのか、どの記録にも残っていない。残っているのは、里の古老たちが語り継いだ、一つの話だけだ。
あの頃、益子に奇妙なものを作った男がいた、と。
土と炎で、誰も見たことのないものを。
これは、その男の話である。史実の隙間に生きた、架空の陶工の記録。益子焼が里の名として広まる、その前夜に何があったのかを、土の記憶を辿りながら描く、フィクションである。