あらすじ
明治の終わり、遠野郷の小さな村。
夫を山で亡くした比佐は、生まれたばかりの息子・佐一を抱え、義実家の片隅で息をひそめて暮らしていた。乳は出ず、夜ごと泣く子を抱いて川辺へ出る日々。ある月のない晩、川向こうの森の奥に、青いとも白いともつかぬ小さな灯がぽつりとともった。
灯の主の名はヤナ。何百年を生きながら、誰のなかにもおらず、誰も自分のなかにおらぬという、山の女だった。川をはさんで言葉を交わすうち、ヤナは比佐に告げる。母と子は、別れても別れきれぬのだと。あんたのなかにこの子のかけらがおり、この子のなかにあんたのかけらがおる、と。
やがて冬が来て、佐一が高熱に倒れた朝、比佐は凍りかけた川に向かって、ただ一度だけ、その名を呼ぶ――。
見えないものが、たしかにそこにあった。
光をわけあうとは、命をわけあうこと。
遠野の霧のなかで交わされた、ただひとつの愛――。