あらすじ

古い団地に一人で越してきた明里は、夕方五時ちょうどにスピーカーから流れる声を耳にする。「田中さくらちゃん、田中さくらちゃん。お母さんが待っています。田中さくらちゃん、早く帰ってきてください」。中年女性の声は生々しく、息づかいまで伝わる。築四十年を過ぎ、外壁にひびが入りエレベーターの鏡が黒ずんだ建物だが、廊下は磨かれ花壇に水がやられ、管理の手が入っている。  翌日も三日目も放送は繰り返す。一週間後、長く住む坂本に尋ねると、「三十年前に失踪した子の放送だ。ずっと流れてる。関わらないほうがいい」。図書館の古い新聞で明らかになる。八歳のさくらが公園から消え、母・幸子は毎日呼び続け、死後も放送が続く。スピーカーの本体は錆びコードだけ新品だ。  三週間目、放送が変わる。「田中さくらちゃん、田中さくらちゃん。見つけた」。坂本の部屋は半開き、朝食の残滓とノートが残る。「幸子さんの声が止まっても放送は続き、誰もいなくなった場所にさくらちゃんが帰ってきた。見つけられた者は——」。文章はそこで途切れる。明里は空っぽの団地を歩く。部屋に気配なく、自転車も消え、風さえ止まる。  五時、スピーカー下に立つ明里。「杉本明里さん、杉本明里さん。お母さんが待っています——」。翌朝、廊下に明里の靴が揃っていた。

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エブリスタ2026/04/07
  • 現在の作品さくらちゃん、聞こえるか